弁理士の一丁目一番地(朝日新聞「折々のことば」を読んで)

今日の朝日新聞「折々のことば」に、ヨゼフ・ピーパーのこんな一文が紹介されていた。

自殺行為ともいえるほど無茶苦茶に働くこと、
それが実は怠けているということなのだ。

これは単なる「働きすぎ注意」のメッセージではないと感じた。
人間は本来、仕事だけをして生きる存在ではない。仕事も、休暇も、趣味も、学びも、文化も、家族や友達、動物と過ごす時間も、音楽も、社会貢献も、すべてを含めて「人間としての営み」なのだという強いメッセージだと受け取った。

働き詰めの人こそ怠けている、という逆説の裏には、
「人間としてやるべき多様な営みから目をそらしていないか」
という問いかけが潜んでいるように思う。


AI時代の知財実務に重ねてみる

このピーパーの言葉を読んだとき、真っ先に頭に浮かんだのは、ここ数年、自分が続けてきたAIを用いた知財業務のDXである中間処理や明細書作成だった。

AIを使うことは、決して「楽をすること」ではない。
AIに任せられる部分は任せ、そのぶん自分は、

  • 戦略を考えること
  • 請求項や技術思想の骨格を組み立てること
  • クライアントの事業の将来像を一緒に描くこと

といった、人間にしかできない中核部分に集中できるようになる。

AIを使わず、昔ながらのやり方に固執して膨大な時間を消耗し続けることの方が、
むしろ「人間本来の営み」を放棄しているのではないか――。
ピーパーの言う「怠け」とは、こういう姿でも現れるのだろう。


自分自身の働き方に引き寄せてみる

生成AIを本格的に実務に取り入れてから、仕事の仕方が大きく変わった。中間処理のドラフトが早く回り、明細書の文章力は当然のことながら、発明の構造化や拡張もスムーズになり、その結果として、

  • クライアントの発明をさらに深掘りブラッシュアップできるようになった
  • 人では想定もできない発明を作り上げて特許化できるようになった
  • 白馬での生活の時間を確保でき
  • ギターを弾き、歌い、ライブに立つ余裕が生まれる
  • 新しく仲間も増えた

こうした「人間としての営み」が、少しずつ自分の手元に戻ってきた。

仕事も、生活も、趣味も、学びも、全部ひと続きの線でつながっている。
AIを使うことは、その線を太く、しなやかにするための手段だと感じている。


回りの弁理士ははっきり批判はしてこないが、どこか距離を置く。一方で、真正面から褒めてくれる人たちもいる

面白いのは、こちらがAIを積極的に使っているからといって、弁理士仲間から露骨に批判されることはほとんどない、ということだ。表向きは何も言わない。けれど、ちょっとした一言や、沈黙のニュアンスから、

  • 「まあ、AIも使い方しだいだよね」と曖昧に笑って終わらせる人
  • 「そんなに早く仕上がるんだ?」と、半分冗談のように突っついてくる人
  • 「昔のやり方が一番安全だよ」とだけ言って、そこで話を切る人

そういう「距離の取り方」が、うっすらと滲む瞬間がある。
賛成も反対も表明しないが、どこか斜めから眺めているような空気。
それも一つのスタンスなのだろう。

けれど、その一方で、こちらのやり方を正面から受け止めて、言葉にして褒めてくれる人たちもいる。

大学で、農林水産分野の知財で先頭に立とうとしている國井弁理士。
同じく農林水産知財の分野で本を出し、新しい地平を切り開こうとしている岡弁理士。
私のセミナーをご受講いただいて、彼女たちは本当にべた褒めしてくれた。

「こういう整理の仕方ができるなら、自分よりも優れいているし絶対に使える」
「AI時代の知財実務の方向性として、すごく納得感がある」
「セミナーの内容が優秀すぎた」

そんな言葉を、真正面から投げかけてくれた。

正直に言うと、私は農林水産の知財については専門外だ。
それでも、彼女たちが目指している方向性と、自分が生成AIと知財DXでやろうとしていることは、ベクトルとして同じ方向を向いていると感じている。

だからこそ、曖昧に濁す人や、心の底で否定しているだけの人たちに、わざわざ説明を尽くしたり、説得したりする気はあまりない。こちらをちゃんと見て、言葉にして評価してくれる人たちと、一緒に前に進めばいい。

肯定的に受け止めてくれる人の言葉をしっかり受け取り、その背中を押し返すように自分も前に出る。
その積み重ねの中で、静かに「誰がどちら側に立っているのか」は自然と明らかになっていくのだと思う。


僕が人間として、弁理士としてやるべきこと

ピーパーの言葉から、あらためてはっきりしたことがある。
それは、自分が何を大切に生きていくのかが、かなり明確になっているということだ。

  • 技術の進歩を追いかけること
  • 弁理士という職業の在り方を、AI時代に合わせて進化させること
  • クライアントの事業の未来を一緒に描き、その一部を特許や商標として形にしていくこと
  • 白馬での暮らしを大切にし、自然の中で暮らす時間を味わうこと
  • ギターを弾き、歌い、ライブで誰かの心を少しだけ軽くすること
  • 家族や仲間との時間をきちんと取ること
  • 新しいものをむやみに恐れず、常に一歩前に出てみること

これらは「仕事」と「プライベート」にきれいに分けられるものではない。
全部ひっくるめて、私という一人の人間の営みだ。

その中で、弁理士としての一丁目一番地は何かと問われれば、やはりこう答えたい。

技術の進歩をきちんと追い、その変化を自分の実務に反映させ続けること。

そこを怠けてしまえば、弁理士という職業そのものを、自分の手で手放してしまうことになる。
だからこそ、AIも含めた新しい技術を受け止め、自分なりの実務として咀嚼し、クライアントに還元していく。

仕事も、休暇も、音楽も、技術も、人とのつながりも。
そのすべてを大事にしながら生きることが、ピーパーの言う「怠けていない生き方」に少しでも近づく道なのだと思う。

This entry was posted in ブログ. Bookmark the permalink.